どんぐりと山猫・2

ジャンルA小説 読上
どんぐりと山猫・2
小説カテゴリに属する投稿のサンプルです。宮沢賢治 どんぐりと山猫 より一部を借用しています。
 すきとおった風がざあっと()くと、(くり)の木はばらばらと実をおとしました。一郎は栗の木をみあげて、
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」とききました。栗の木はちょっとしずかになって、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」と答えました。
「東ならぼくのいく方だねえ、おかしいな、とにかくもっといってみよう。栗の木ありがとう。」
 栗の木はだまってまた実をばらばらとおとしました。
 一郎がすこし行きますと、そこはもう(ふえ)ふきの(たき)でした。笛ふきの滝というのは、まっ白な岩の(がけ)のなかほどに、小さな穴があいていて、そこから水が笛のように鳴って飛び出し、すぐ滝になって、ごうごう谷におちているのをいうのでした。
 一郎は滝に向いて叫びました。
「おいおい、笛ふき、やまねこがここを通らなかったかい。」
 滝がぴーぴー答えました。
「やまねこは、さっき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」
「おかしいな、西ならぼくのうちの方だ。けれども、まあも少し行ってみよう。ふえふき、ありがとう。」
 滝はまたもとのように笛を吹きつづけました。
 一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どってこどってこどってこと、変な楽隊をやっていました。
 一郎はからだをかがめて、
「おい、きのこ、やまねこが、ここを通らなかったかい。」
とききました。するときのこは
「やまねこなら、けさはやく、馬車で南の方へ飛んで行きましたよ。」とこたえました。一郎は首をひねりました。
「みなみならあっちの山のなかだ。おかしいな。まあもすこし行ってみよう。きのこ、ありがとう。」
 きのこはみんないそがしそうに、どってこどってこと、あのへんな楽隊をつづけました。
 一郎はまたすこし行きました。すると一本のくるみの木の梢を、栗鼠がぴょんととんでいました。一郎はすぐ手まねぎしてそれをとめて、
「おい、りす、やまねこがここを通らなかったかい。」とたずねました。するとりすは、木の上から、額に手をかざして、一郎を見ながらこたえました。
「やまねこなら、けさまだくらいうちに馬車でみなみの方へ飛んで行きましたよ。」
「みなみへ行ったなんて、二とこでそんなことを言うのはおかしいなあ。けれどもまあもすこし行ってみよう。りす、ありがとう。」りすはもう居ませんでした。ただくるみのいちばん上の枝がゆれ、となりのぶなの葉がちらっとひかっただけでした。
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